第五章 経絡現象
●経絡の可能性
(イ) まだ充分学界の承認を受けていないボンハン管系か?
(ロ) 脈管外体液のうちに未知のイオン伝達路があると仮定するか?
(ハ) 金沢の藤田六朗博士が提唱したように、全身の筋肉→腱→筋肉を連ねて刺激が伝わるとする「筋運動主因性体液系」があると仮定するか?
(ニ) 宇都宮の石井陶伯氏(針灸家)がしきりに主張するように、発生学的な根拠を持つ側線(たとえば魚の体に見られるような)が人体にも潜在的に遺存しているのか(この仮説は前に挙げたマルチ―二教授のチクロメリー説と同じ考えに帰着するが)?
(ホ) あるいは間中先生が一つの仮説として考えたように、身体の全体制が中枢神経のどこかで、脊髄が「断区」の基礎になっているような意味で、縦割りの「輪区」を作って、中枢を介して遠隔のA点とB点が近縁に結ばれているのか(ドイツのラングも同様の仮説を提唱している)等の、いろいろの仮説が考えられる。
●臨床的に認められている経絡
[皮膚の変化として]
・—経絡の異常は、経穴によって知られる。そして経穴の異常は、ふつう皮膚面より指圧によって特殊な状態を調査することでみとめられている。ところが、時にはすでに皮膚面に肉眼でわかる、或る種の変化があらわれていることがある。すなわち、経穴に相当する皮膚の小部分に、古い色素沈着や、ほくろ、血まめなどが見られることがあるし、虫に刺されたあとの発赤や丘疹が、ちょうど灸のあとのように残っていることがある。そして、これらが、点状にいくつもばらまかれたようにできているのをたどって行くと、それらが、ちょうど経絡に沿ってできているようなことがよくある。
圧痛点に圧痛がなくなった際に、そこに丘疹が発生することがあるのを発見した藤田博士は、肺疾患の患者の肺経に沿って丘疹ができている症例および心臓病の患者の心経に沿って丘疹ができている症例を経験したと言い、さらに膀胱経の全経絡に沿って黒あざ(ほくろ)のある患者、脾経の全経絡に沿って血管腫のある患者があったことを報告している。
ヘッド氏帯の皮膚分割図は、帯状ヘルペスという皮膚の一部を限って水泡があらわれて痛みを伴う皮膚病の形状からつくられたといわれている。腹部の側面にあらわれた帯状ヘルペスが、我々が調査した背部の兪穴(腎兪)から募穴(京門)に向かう経絡の帯状走行とまったく一致していた症例に出あった。そこで、これに関連した経絡(腎経)の末端である足先に治療点を求めて針による強刺激を試みたところ、その痛みがほとんど消失した。こういうことは、ヘッド氏帯が経絡の一部(横の連絡路)を意味するものであろうということを推定させることにもなるが、また一方では単に脊髄神経節の病変によるものと考えられている帯状ヘルペスの成り立ちに、経絡が関係しているということも示唆しているようである。
『ヘッド氏帯の概念は、現代神経科学の進歩によってその生物学的基盤が次第に解明されつつある。内臓-体性反射のメカニズム解明は、疼痛管理のみならず、自律神経機能調節や内臓-脳相関の理解に新たな視点を提供している。伝統医学との統合的アプローチにより、個別化医療時代における新たな診断・治療パラダイムの構築が期待される。今後の課題は、厳密な臨床試験デザインと分子レベルのメカニズム解明を通じて、この19世紀の知見を21世紀のEBM(根拠に基づく医療)体系に位置付けることにある。』
異常のある経穴の皮膚には、また皮膚温の異常や、知覚異常もある。このことを利用して、経絡の異常状態を判定することもできるくらいである。前に述べたように、手足の指の末端の感熱度の異常によって経絡の異常を判定する赤羽氏法(感熱試験)というものがすでに実用化されて普及している。
『経穴の生理的変化は多層的な生体反応の統合現象として捉えられる。電気伝導性の変化を基盤としつつ、熱力学・機械的特性の変容、生化学環境の改変、神経生理学的反応の連鎖が相互に作用する。最新の計測技術はこれらの変化を定量化し、伝統医学と現代生理学の統合的理解を深化させている。今後の課題は、多次元データの統合解析により経穴の状態を包括的に評価するアルゴリズムの開発にある。』
[遠隔部よりの治療]
・頭や肩のあたりの異常を、手や足に治療(針、灸)して治すことができる。肩が凝っている時、足の踵の外側のあたりの経穴に針を刺すと治ることがある。首筋が痛むときでも、また腰に痛みがあるときでも、同じような方法で治すことができる。そして患部付近の圧痛点もなくなる。歯の痛み、手や足の治療で治すことができることも、既に述べた通りである。また、胃の痛みや胆石の痛みなどを背中の反応の出ている兪穴(胃兪、胆兪であることが多い)の治療で治すこともできるし、手や足で治すこともできる。
このような事実は、経絡という機能的な連絡路があるということを想像させるに足るものであろう。というよりも、実際にはそういう前提で治療点をきめて、治療に成功しているくらいなのである。
『遠隔鍼治療の有効性は、神経生理学的反射・生化学的伝達・臨床効果の三重の証拠によって科学的に立証されている。特に疼痛管理と内臓機能調整における優位性が多数のRCTで確認され、EBMに基づく治療選択肢としての地位を確立しつつある。』
[自発性の放散感]
・不意に打たれたり、からだのある部分を掻いた時など、そこからずっと離れた所に異常な感覚が流れていくように感ずることがある。心理的なショックの際に、背筋を冷水が流れるような感じがする。こういうときの感覚の流れをよく注意すると経絡の走行路と似ていることが多い。
皮膚の電気抵抗による検索
[健康者にあらわれる経絡現象]
・経穴にあたる部位の皮膚は電気抵抗が減弱している。経穴の電気探索器というのはこのことを利用したものであるが、藤田博士らは、多くの健康者について、原穴その他に灸または針刺激を与えておいて、以後長時間に渡って、皮膚の電気敏感速度を検査した。その結果、反応点や丘疹などの消長が、刺激点の経絡に相当して現われてくることを認めた。また時には、表裏関係にある対側の経絡にも一緒にそういう現象があらわれることもあった。
そこで、経絡現象は、病的な場合ばかりでなく、生理的にも存在するということが確かめられるようになった。
『複数の科学的研究が示すように、経絡現象は病的状態だけでなく、生理的状態(健康な状態)においても確認されています。電気生理学的特性、皮下血行動態、放射性同位元素の移動パターン、筋膜の連続性など、様々な角度からの研究が経絡の生理的存在を裏付けています。』
[十二の良導絡]
・中谷義雄博士は、かつて腎臓病で浮腫のある人について、皮膚の通電抵抗を測定してみたところ、足に電流の通りやすいら絡状のものを見つけた。そして、これを経絡の行走図と比較してみると、腎経とほとんど一致していた。
そこで、さらにいろいろの臓器の病気について調査してみた結果、それぞれ一定の形状をした電流のよく通る絡状のものが見つかった。そこで、これらを皮膚通電良導絡(中谷)と名づけた。結局、手に六本、足に六本の良導絡が、ちょうど十二経絡に相当したように存在していることがわかった。
画像出展:「良導絡の歴史」
良導絡研究所は1967年6月に設立されました。
筋運動主因節
●皮下の組織液に変化が起こって、経絡現象が現われるということは、ひとまず説明されたとしても、それではこういう体液的な変化を起こさせる原動力は何かということが次の問題になる。
針を皮下に刺し込んでいくと、ある深さになって初めてはっきりしたヒビキがおこるが、ちょうど筋を取り巻いている筋膜の辺りに達したときに最も強く現われるということが少なくないことは、経験的に知られている。また針を刺した時、その刺針部から少し離れた部分の筋肉が突然軽い攣縮を起こすこともある。経絡の異常と考えられている現象の一種に、皮下の深部筋間にスジのような硬結あるいは、経絡に沿って盛り上がったようになった筋肉の凝りがある。また、特殊過敏者の放散する針の響きを皮膚に投影させて記録した我々の成績では、線状になっているところもあるが、部位によっては幅広く帯状をなしていて、なかには、大体その部位の筋肉の幅と似たようなものもあった。
こういうことを総合して考えると、経絡の異常や経絡現象の発現には、筋が少なくからず関与しているのであろうということが予想されてくる。考えようによっては、むしろ第一義的のものであるかもしれない。
ところで、経穴に針に到達しかかると、筋に軽度の損傷または刺激が与えられることになるのだが、こういう場合には筋線維の表面に電気的な変動(放電現象)が起こってくる。すなわち、負傷流または動作流などが起こる。もし、すでに筋とその周囲とが病的な異常状態にあるならば、これが組織液に伝えられて針の響きとなって感知されるのではあるまいかということも考えられる。
それでは、刺針というような刺激操作が加えられない生理的な経絡現象はどうして成り立っているかということになるが、生理的にも手足の運動、歩行、咀嚼、顔の表情、呼吸などによって筋肉運動の協調作業が常に行われているのであるから、その際に動作流も起こり、また、組織の移動も行われて、一定の体液の循環路が常に成り立っているわけである。そしてこれが機能的な刺激伝導体系としての経絡になっているのであろうということで、ひとまず理解されることになる。皮膚通電良導絡の本態も、あるいは電導体である体液の通行路であるのかもしれない。
『筋肉の刺激によって発生する放電現象とは、主に運動神経から筋肉に伝わる活動電位(電気的インパルス)や、それに伴う筋線維の膜電位の変化を指します。この現象は、神経伝達物質の放出、筋線維での活動電位の発生、筋収縮へとつながる一連の生理的プロセスであり、筋電図などでその電気的活動を観察できます。』
経水と経筋(体液と電気)
このように経絡現象を筋運動主因性体液路経(藤田)として理解しようとする考えの根底は、すでに東洋医学の古典(霊枢)にも見られる。
経脈を「分肉の間を行状してあらわれぬもの」(経脈篇)と定義しているほか、経水および経筋という比喩的な見解が表明されている(経水篇、経筋篇)。
経水というのは、十二経脈を中国の河川・湖水などにたとえて、気血の流注の状態を説明しようとしているのであって、また経筋というのは、十二経筋という手足の指に起こる筋肉の縦の系列をグループ別に想定して、これを十二経脈にあてはめているのである。
経水思想は、経絡を気血の流通路と規定しているかぎり当然のことであるが、経筋に関しては、実際に筋肉の凝りが経絡に沿ってあらわれ、また針によって解消することなどから一応理解されるばかりでなく、断続的に電流を通ずる或る種の電療器によって縦に連なる一定の筋肉群に人為的に律動を起こすことができるのであるから、現象的には認識できる見解である。
そして、こういう思想から割り出してみても、血は体液的なもの、そして気とは筋を主因とした電気的なものという解釈がなりたちそうである。
針の響きは、被術者にとって、軽い電気にかけられたような感じとなってあらわれるが、施術者の指先にも軽い電撃様感覚となって感知されることがある。そして、施術者が針の柄を持っている間は被術者に強く感ずるが、指を放して置針すると割合に弱くなる。
こういうことは、金属針を媒体として、皮膚の内外に電気的な流れが起こってくるのではないかと想像させられる。
結合織と組織液
●皮下組織というのは、皮膚と筋(筋膜)とを結びつける目の荒い網のような線維の結合織からなりたっていて、その間隙は組織腔といわれ、組織液が充満している。ここが、針の刺激の対象である経穴の主体である。
ところで、結合織というのは、発生学的には中胚葉(内外両肺葉の間にできる一対の腔胞)系の組織であって、からだの中心的な位置にある。そこで、からだ中のすべての細胞や組織の間に行き渡っていて、脳や胃腸その他あらゆる重要な臓器、器官の細胞を安定状態に結びつけて、組織液とともに組織の緊張状態を一定に保つ役割をなしている。皮下組織はもとより、上皮との間の真皮、筋の周囲や間、筋膜、血管壁などにも行き渡っている。この組織が同じ中胚葉系の網内皮細胞系とともに健康維持に欠くことのできないものであるということが、近年にわかに着目されるようになった。
●ツベルクリン反応が試みられる手のひら側の前腕の皮膚で、経穴にあたる部位と経絡の主流線上になっていて経穴でないところ、および経絡の主流線をはずれた経穴でない点などについて、それぞれ生理食塩水を皮内に注入して、それが完全に皮下に吸収されていく時間を調べてみた。すると、経絡主流線上では経絡外の点よりも早く、経絡外の点よりも早く、経穴部ではやや遅くなっているのが分かった。すなわち、経絡主流部では早く吸収されるのであるから、これによって皮下の組織液がよく動くことになっているらしいということがわかったし、経穴は、どちらかといえば流れが悪く停滞しがちなところであるということも、大体予想通りであった。
また、藤田・南氏らは金沢大病理の宮田教授のもとで、動物(家兎)の皮下に人工的に硬結とこれに伴う経絡線(スジのような硬結)をつくり、その部分の組織片をとって染色して顕微鏡で調べてみると、それらは、予想通り筋の間にできていて、しかも神経・血管をとりまいている結合織線維の増生がその変化の本態であることが分かった。つまり、このような経絡・経穴の異常現象は結合組織の変化が主体になっているということが明らかにされた。
結合織の間隙を流れる組織液は、末梢の毛細血管と毛細リンパ管から漏出してきたものであるが、時にはまた、管内液とも交流している。そこで経絡の絡が、時には細い脈管の意味にも使われて、機能的な関連があるものとされている古典の説も、こういうことから一応説明できそうである。
ともかく、このように結合織を中心として、内循環系ともいわれる脈管外の通液路系というものを考えると、気・血(栄・衛)の流れるという経絡と、経穴の意義が、いっそうよく理解されてくる。そして針灸の作用も、結合織の機能を回復させるものであるということで説明できるようになる。針灸を組織療法と考えるのは、この意味で当てっているし、同時に経絡の機能をよくするという広義の作用にも理解される。
●針の響きによる経絡現象の発現は、筋の主因とする説でひとまず説明されているが、実際には筋まで達しないで、単に皮下の結合組織に達した深度で針響が起こる場合も決して少なくないのである。また、稀にはやっと真皮に達したくらいの深さでもおこる。こういう場合は、体液的な変化で間接的に筋が刺激されるためであろうと説明(藤田)されている。しかし、こう考えたのでは、体液が何によって変化を受けるのかという点が不明になってくる。そうなると、結合織線維そのものが直接関与して、またある程度刺激を感受してこれを伝える役目をも果たすのではないか、ということも考えなくてはならなくなる。
もし、結合織線維が刺激感受の主体になるものとすれば、全身の結合織系が形態的に経絡系の実体になるという想定が、いよいよ確かめられてくる。といっても、もちろん経絡の走行を解剖学的に規定するものとして、また機能的な関連において、筋の意義が重大であることには変わりはない。―(以上、長濱博士『針灸の医学』より)
『経絡・経穴の異常現象は結合組織の変化が主体になっているという説は、現代の科学的研究から相当の裏付けを 得ていると言えます。経穴と結合組織の位置的一致、神経分布の特異性、筋膜のネットワーク構造、メカノトランス ダクションのメカニズムなど、複数の観点からこの説を支持する証拠が集まっています。』
第八章 金針と銀針
●日本でも針術にはいろいろの流派があって、種々の針を使っているが、主流は毫針といって縫針よりずっと細い、注射針のマンドリンほどの針を使っている。名人になると毛針だの霞針だのといって毛筋のような細い針を上手に使いこなす。
昔は針灸家に弟子入りすると、2~3年は患者を治療させてもらえなかった。まず枕か自分の膝に針を刺させる。だんだんと上手になると「浮きものとおし」といって水に浮かした果実に針を刺す編集をする。これは力を入れずに、針を曲げずに、軟らかく刺すためである。次は「堅ものとおし」で木の枝でも細い針が刺せるように練習する。ここまでできれば、どんな細い針でも自由に、やわらく、痛くなく、浅くも深くも、人の体に刺せるようになる。
こういう毫針の手技はヨーロッパには伝わらなかった。中国にもかなり細い針はあるのだが、フランスで一般的に使われているのは、金と銀のかなり太く短い針を、注射でもするようにツボにさしていく。
※私が専門学校に通い始めたのは約15年前です。当時からステンレス鍼がほとんどでしたが、学校では丁寧な刺鍼技術を身につけるため、銀鍼を使って授業は行われていました。金鍼はさらに軟らかいようですが、銀鍼も十分に軟らかく、特に腰部の硬い脊柱起立筋など刺鍼するのに非常に苦労しました。
当院では軟らかいタイプのステンレス鍼を使用しており、それでも銀鍼よりははるかに容易に刺鍼できます。今回、あらためて丁寧な刺鍼を心がけるべきではないかと思いました。これは“氣”とも関係するのかもしれません。
以下はお世話になっている「(株)前田豊吉商店さんのサイトです。当院の鍼は下段中央ですが、銀鍼は上段中央、金鍼は下段右です。金鍼は1本から注文できるそうです。基本に立ち返るために銀鍼を1包(50本)買ってみようかとも思いますが、金鍼は怖くて注文することはできません。
専門学校に入学したときに学校から渡された練習道具が見つかりました。刺鍼練習台はよく使った記憶があり、どこかにいってしまって箱の中にありませんでしたが、感覚練習方法の紙は初心者用以外は封も開けてなく、何もしていなかったことが発覚しました。これも今更ですが、試してみようかと思っています。

